マナーは思考と習慣により確立される

マナーは、それぞれの国の文化や社会的背景から思考が確立され、思考に基づく行動によって作られていくもので、必ずしも間違い或いは正しいと言い切れないのではないでしょうか?

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社会環境がマナーを作る

コロナウイルス感染拡大前はたくさんの外国人観光客が来日していました。その中でも一番多いのが中国人で、彼らのマナーについて問題視されていました。

例えば、ファーストフードやカフェなどで食べ終わったトレイを片付けないで食べっぱなしで帰って行くということです。

日本ではお客様が返却台に持って行きます。

しかし、中国ではお客様が片づけなくても良いのです。というより、片づけてはいけません。なぜなら、片づけをする専門のスタッフがいるので、お客様が片づけると彼らの仕事を取ってしまう、大変失礼な行為になるのです。

習慣が常識となる

私が上海から大阪に完全帰国をして間もないころ、大阪地下鉄(現メトロ)に乗ったときの出来事です。

地下鉄の中は結構混んでいて、私は奥のほうに入って立っていました。そして、降りる駅が近づいてきたので、隣に立っていた人に「降りますか?」と聞くと、けげんな顔をして無視されたのです。それが、1度や2度ではありませんでした。

私はなぜだろう?と理解ができなかったのです。

そこで友人に聞くと「当たり前よ。知らない人に声をかけられたら無視するに決まってる」とか、「降りるかどうか、なぜ知らない人に答えないといけないの?」という回答でした。

私はその回答に対して、逆にびっくりしました。

上海では降りたいときに「你下车吗?(降りますか?)」と聞きます。それで、「降りる」と答えてくれれば、その人に着いて降りればいいので、その場で駅に着くのを待ちます。もし、その人が降りない時には、場所を入れ替わって扉のほうに行かせてくれます。

私もすっかりそれが習慣になっていたのです。

それで、どうしたらよいのか分からなくなり、「そしたら、降りたいときは何と言えばいいの?」と聞くと、友人の回答は「すみません。(降ります)」ということでした。

よく考えると上海に行った当時、地下鉄やエレベーターで降りたいときに「不好意思(すみません)」と言うと逆に中国人にけげんな顔をされました。きっとこの人何謝ってるんだろう?と思われたのだと思います。

私も上海に行く前は降りたいときに「すみません」と言っていたので、上海に住みたてだった当時は日本での習慣が抜けていなかったのです。

しかし、私は今でも完全には日本の感覚に戻っていないので、いまだに「降りますか?」と聞くことがなぜダメなのか理解できません。

外国の方がやっていることを見て、ただ単に「マナーが悪い」とか「間違っている」とか言えません。根底にある考え方に基づいて行動することでマナーが形成されているのです。その考え方にはそれぞれの国の事情が影響していたりします。国の事情も様々です。だから、一方的に思考を否定することはできないのではないでしょうか?

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